■ 『5G』 次世代移動通信規格の可能性  (2020.7.23)







いま話題の次世代通信規格「5G」について、ザッと全容を知りたいなとかねて思っていたのだが、本書によってようやく渇望が満たされた感がある。著者によれば、5Gは今後あらゆる産業の基盤になるという。あらゆるモノが5Gに取り込まれていく。さまざまな製品にセンサーが取り付けられ「IoT」が一気に拡がる ――建設機械、工作機械、 物流で使われるパレット、スーパーマーケットの値札、手術ロボット、等々。生産や物流が大幅に効率化されるだろう。



5Gの特徴は、現行速度の100倍ともいわれる「超高速」、情報のやり取りの遅延時間が1000分の1秒という「低遅延」、1平方キロメートル圏内に100万台もの端末を接続できる「多数同時接続」などだ。4Gに新しい性能軸を加えて性能向上を着実にはかったものとも言える。提供サービスの視点から見ると、いまの4Gでも類似のサービスを提供できる。5Gの活用として考えやすいのが ――高精細映像、常時接続、ケーブルレス、遠隔操作、AR/VRなど。いずれも5Gとの親和性が高い。

5Gは「デジタル改革」のためのツールという位置づけになるだろう。デジタル改革とは、仕事や生活の中のアナログのプロセスをデジタル化して得られたデータが、社会や産業のあり方を変えていく一連の経済活動のこと。デジタルデータは、製造プロセス、モビリティ、スマートハウス、医療・健康、インフラなどの事業領域からIoTを活用して収集される。そのデータは蓄積されビッグデータとなり、AIを用いて解析・分析される。分析結果がリアルな世界に反映され、判断の高度化や自動制御の進展につながるのだ。

5Gの注目点をまとめてみよう
@高速性や多数同時接続といった特質により、多種多様なデバイスが5Gに接続され、膨大なデータがやりとりされる
A膨大な市場が生まれるだろう。基地局、基地局までの光回線、ネットワーク装置、端末、部品、コンテンツ/サービスなど
B全産業分野が対象に。ありとあらゆるIoTデバイスをつなぐことができる。第1次産業から第3次産業まで、すべての産業領域に入りこむ可能性を秘めている

C性能は周波数帯によって大きく違う
ハイバンド(24GHz帯以上)、ミッドバンド(1〜6GHz帯)、ローバンド(1GHz帯以下)。「2時間の映画をわずか3秒でダウンロードできる」というすごい話はミリ波と呼ばれるハイバンドの周波数帯を使ったものだ
Dハイバンドのミリ波は直進性が強く半径数百メートルにしか電波が届かない。このため基地局を密に設置しなければならず、設備投資に多大なコストがかかる。この基地局からは有線の光回線で接続する必要がある。日本は光回線の敷設率が高いので、他国と比べて5G展開に高い優位性をもっている

5Gの本命としてクルマの自動運転と考えられている。現在の主流はクルマが周囲環境をすべて認識して自律走行する――「単独自立型」だが課題が多い。見通しの悪い交差点や高速道路での追い越し、突発的な事故の回避などに限界がある。ネットワークから支援を受けながら自動運転する「遠隔型」も考えられる。近くを走る車両から、前方で発生している渋滞や事故、障害物に関する情報、信号情報などを受信して活用すればよりスムーズな走行ができる。5Gの低遅延性を活かせば、リアルタイムに情報を分析してクルマにフィードバックできる。

建設・土木などは5Gの特徴を最大限に活かす分野として期待される。今もっとも実用化が近いと考えられている。建設機械や鉱山機械の遠隔操作は、5Gならではの、高精細映像や低遅延性という特性がとくに有用だろう。災害復旧での活躍もある。

5Gは未来の工場の中枢神経になるだろう。工場の産業機械やロボットなどを無線通信で制御し、同時多数接続の特徴により工場内の多数の機器を簡単にネットに接続できる。ケーブルレス化の恩恵もある。製造ラインを動的に変更させオーダーメイドや小ロットの商品を生産できる ――効率的な多品種少量生産の実現だ。
医療・ヘルスケア分野は膨大な市場規模。適用分野は広い――高速・大容量を活かした「遠隔診療」、「救急搬送」、「手術支援」等々。

ゲーム業界とテクノロジーは切っても切り離せない関係にある。超高速・大容量、低遅延という5Gの特徴がゲーム業界を揺るがしている。ゲームは他のアプリケ-ションに比べて要件が格段に厳しい。高い画像処理能力を備えて、世界中の多くのプレイヤーがオンラインで同時に戦うとか。世界のゲーム市場規模は2021年には1800億ドル。51%がスマートフォンやタブレットでのモバイルゲームだ。

いま闘争の渦中にある「米中5G戦争」から目が離せない。米国はファーウェイを含む中国企業5社を政府調達から排除すると決めた。だが、問題の本質はファーウェイではなく、中国政府が2017年に制定した「国家情報法」だという。中国籍の組織や個人に情報活動への協力を義務づけている。中国政府の命令があれば、在外中国人・企業はスパイ行為を拒めないとも読み取れる国家主義的な法律である。不信の根底にはファーウェイがこの異質の法体系に縛られざるを得ないことがある。日本も他人事ではない。

日本企業は通信機器市場やスマホ市場では競争力を失ってしまった。市場の主役は、エリクソン、ノキア、ファーウェイへと。スマホは、サムスン電子、ファーウェイそれにアップルだ。しかし、5Gを支える部品や計測装置では日本企業の存在感は高い。ミリ波を使う5Gでは現状の4G向けの部品では対応できない。基地局とスマホ端末のそれぞれに新たな部品需要が生まれる。村田製作所とか、TDK、太陽誘電、ローム、住友電工、等々。それぞれの部品分野でトップを占めている。新機能アンテナとして、NTTドコモのガラスアンテナが注目されている。


◆ 『5G 次世代移動通信規格の可能性』 森川博之、岩波新書、2020/4

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