■ 『能力構築競争』 トヨタの強さは進化能力のDNA (2003.8.14)
「設計情報転写説」が筆者の企業観である。「世の中のすべての産業は広義の情報産業だとみることが可能だ」というのだ。もの造りのプロセスを「情報のやり取り」とみなし、製品=情報+媒体(メディア) という発想だ。すると、製品開発とは設計情報の創造。設計品質とは、市場情報と技術情報をもとに新製品の設計情報を創出する際の効率・スピード・翻訳精度。生産とは製品への設計情報の転写。製造品質は転写精度、「生産性」は製品への情報転写の発信効率となる。
筆者は、戦後日本のもの造りシステムを支えたメカニズムの中心的コンセプトを「能力構築競争」だとする。「能力構築競争」とは、企業が開発・生産現場の組織能力を切磋琢磨し、工場の生産性や工程内不良率や開発リードタイムなど、顧客が直接評価しない裏方的な競争力指標の優劣を、まじめに、かつ粘り強く競い合うこと。能力構築競争は、本質的に長期に及ぶ競争であり、そのプロセスは創発的――あるシステムが必ずしも意図されない形で複雑に変化すること――だと。
「設計情報転写説」によれば、生産・開発現場の実力=「深層の競争力」は、設計情報を創造し媒体へ繰り返し転写する情報システムの特性として分析することができる。鋼板、鋼塊、樹脂、シリコン片など、耐久性のある媒体に設計情報を仕込んで顧客に提供するのが製造業である。製造業のなかでも、特に設計情報の転写が難しい素材、つまり「書き込みにくい媒体」を扱うタイプの分野が、日本企業の得意領域だったと考えられる。クローズ・インテグラル――「囲い込んで擦り合わせる」分野だ。自動車の鋼板は基本的に「書き込みにくい媒体」であり、高価な金型と数千トンのエネルギーを使ってようやく情報転写(プレス作業)が完成する。自動車は基本的に「鉄の塊の上に製品設計情報が転写・刻印されたもの」。
能力構築に長けた企業は、競争合理的な発想が企業の隅々にまで行き渡っている。しかし、創発的な状況、つまり「霧中の山登り」を想定すると、事前合理的な意志決定能力だけでは不十分である。もっと広い意味での合理性――「運を実力に転換する能力」「失敗から学ぶ能力」「怪我の功名をきっちり活かす能力」「何が起こっても結局学習してしまう組織の能力」――」が浸透している必要がある。
トヨタ自動車の強さの究極の源泉は、こうした能力構築能力――「進化能力」だと結論づける。この能力さえ保持されれば、たとえトヨタから「かんばん方式」が消える日が来ても、企業の競争力にゆるぎはない。究極的に重要なのは「かんばん」そのものではなく、「かんばん」を生み出したこの企業の進化能力であるからだと。
自動車におけるもの造りの基本原則は変わらないだろう。製品開発においては「フロントローディング」を含む早期・統合的な問題解決能力が鍵である。生産においては、開発部門が創出した製品設計情報を正確に淀みなく製品に転写する「作り込み能力」がポイントであり、生産現場での設計情報転写におけるムダを削減するトヨタ的な「統合型もの造りシステム」の優位は続くと。
◆ 『能力構築競争』 藤本隆宏著、中公新書、2003/6
藤本隆宏:東京大学大学院経済学研究科教授
◆ 『トヨタ式最強の経営』 は→ こちら
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