■ 『失敗のメカニズム』 忘れ物から巨大事故まで (2002.5.2)
みずほ銀行のトラブルを目の当たりにすると、こんな本を読んでみたくなる。本書の目的は、人間が犯す失敗(ヒューマンエラー)の理解と、対策を考えるためのヒントを提供することとある。「失敗の××」という本が目に付くが、『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著、2000/11)からのような気がする。本書は2000/1の刊行である。具体例が豊富で中身の濃い本である。マンマシンインターフェースの設計にも有用である。幅広い分野に言及しており、最後は企業の組織論にまで行き着く。
筆者は「ヒューマンエラー」を次のように定義している。「人間の決定または行動のうち、本人の意図に反して人、動物、物、システム、環境の、機能、安全、効率、快適性、利益、意図、感情を傷つけたり壊したり妨げたもの」。ここで、「人」には本人や同僚や近所の住民、通りがかりの人が含まれる。これまでエラーの定義で「環境」が省みられなかったのは不思議であると。
ヒューマンエラーを、表面上のエラー形態ではなく、人間内部の情報処理過程に着目すると、そこから対策が導かれるという。エラーは3つに分類できる。(1)入力エラー 「認知・確認のミス」、 (2)媒介エラー
「判断・決定のミス」、 (3)出力エラー 「操作・動作のミス」。そして対策は、見間違えにくいようにボタンを色分けするとか、形で区別するとかの対策。入力エラーには、情報表示、通信装置の改良が有効である。判断を誤ったのなら、なぜそのように判断したのかを調べ、システムや機器の仕組みに関する誤解や無理解を直さなければならない。
エラーを誘う設計と防止するデザインは、特に興味深い。水道の栓にレバー式のものが増えているが、上げて止めるか下げて止めるか、操作は統一されていない。海外では「下げて止める」が主流だった。一方、「レバーを下げたら水が出る」ほうが、人間の自然な感覚にマッチするとの主張があった。阪神大震災以降、地震による落下物の問題をこれまで以上に重要視するようになり、「下げて止める」に軍配が上がったとのこと。
おわりに、安全の文化へ言及している。ヒューマンエラー事故を掘り下げて分析していくと、背景要因として、チームワークやリーダーシップ、関係者のコミュニケーション、組織の意志決定のあり方、企業や地域や家庭の安全風土などに問題点が見出されることが多いという。
ジェームズ・リーズン博士は、組織がよき安全文化を獲得するために、4つの要素を取り入れなければならないという。
(1)報告する文化 エラーを隠さず報告し、その情報に基づいて事故の芽を事前に摘み取る努力がたえず行われること。
失敗の原因と背景要因を究明し、職場全体の防止対策として人的、設備的、財政的措置を講じること。
(2)正義の文化 叱るべきは叱る。罰するべきは罰するという規律。安全規則違反や不安全行動を放置してはならない。
(3)柔軟な文化 ピラミッド型指揮命令系統をもつ中央集権的な構造を、必要に応じて分権的組織に再編成できる柔軟性を組織がもつこと。各フロントラインが専門性を発揮して最良と思われる判断を下し、難局を切り抜ける。
(4)学習する文化 過去または他の企業や産業で起こった事故、安全に関する様々な情報から学ぶ能力。学んだ結果、自らにとって必要と思われる改革を実行する意志。
<用語の説明>
・アフォーダンス ある事物をどのようにつかうことができるか、ということに関して人が知覚する事物の特徴。水平な面はその上に物をおくことをアフォードする。ドアに取り付けられた垂直のバーはつかんで引っ張ることをアフォードする。
・フール・プルーフ 間違った操作ができないように設計すること。
・フェイル・セイフ 故障などの異常時に、安全の側に作動するしくみ。
・ユニバーサル・デザイン 誰もがつかえるよう設計しようという発想。障害者も、高齢者も、幼児も。
◆『失敗のメカニズム 忘れ物から巨大事故まで』 芳賀繁著、日本出版サービス、2000/1
◆『芳賀繁 (はが・しげる) 立教大学文学部心理学科助教授。博士(文学)。1953年生まれ。京都大学大学院修士課程(心理学専攻)修了後、国鉄労働科学研究所研究員、財団法人鉄道総合技術研究所主任研究員、東和大学助教授などを経て、1998年から現職。専門は産業心理学、交通心理学、人間工学。著書に『うっかりミスはなぜ起きる』『産業心理学入門』など。
◆『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著) → こちら
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