■『脳のメモ帳 ワーキングメモリ』 (2002.8.16)





脳のメモ帳
か。ワーキングメモリとはいわゆる「短期記憶」の概念を拡張したものと考えれば良いようである。本書には学術論文のにおいがプンプンするのであるが、ずっと抱いていたワーキングメモリへの疑問が体系的にきちんと解明されて行く感がある。ワーキングメモリは物理的にどこにあるのだろう。前頭前野が大きな役割を果たしていることは否めないが、まだまだ研究テーマは多いようである。


人間の記憶のしくみは、短期記憶と長期記憶のシステムからなる、二重貯蔵モデルとして説明できる。短期記憶は、約15秒以内にその90%が忘却される特性をもつ。一度に記憶できる数にも制限がある。一方、長期記憶は出来事や知識の記憶を含み、記憶量はほぼ制限が無いといってよい。短期記憶は長期記憶への転送にかかわると共に、新たな情報を一時的に保持し、さらに長期記憶の情報を検索する役割をも担っている。

ワーキングメモリは短期記憶の概念をさらに拡大して、課題を遂行するために処理機能の役割を補充したもの。保持機能にのみ注目されていた短期記憶に対して、文の理解や推論など、より高次の認知機能と関連する保持の場としてのワーキングメモリがある。

例えば、暗算問題を解く場合など、あることがらをほんのわずかな間だけ憶えておかなければならないことがある。目標に向かって情報を処理しつつ一時的に事柄を保持するはたらきをしているのが、ワーキングメモリである。すでに学習した知識や経験を絶えず参照しながら、目標に近づけるように、その過程を支えている

言語活動には、ワーキングメモリが大きな役割を果たしている。文を読む際には、知識やエピソードをもとにした長期記憶の検索をすすめながら単語や文を理解しているのである。会話は一見すると記憶とはかかわりがないように思われるが、ワーキングメモリを共有しているため、記憶と相互に干渉する。だから会話の内容が複雑になると、それだけワーキングメモリをとられ、ほかの記憶ができなくなる。ワーキングメモリの容量には制限がある。単語の保持にワーキングメモリの容量をとられてしまうと文の理解が疎かになるのである。

ワーキングメモリを単に入れ物としてではなく、システムとして捉えることが注目されている。なかでも、注意の監視システムとしての役割が重要。読み手は、文を読むとき文理解の中心となるもの(フォーカス)を探している。ひとたび特定の単語を重要な情報であると判断すると、すかさずそれを中心として心的表象を構築する。いかに効率よくフォーカスを形成できるかは、文理解の効率を決定する。フォーカスを逐次更新するためには、ワーキングメモリの柔軟な対処が要求されるのだ。


◆『脳のメモ帳 ワーキングメモリ』 苧阪満里子著、新曜社、2002/7

苧阪満里子 (おさか・まりこ) 1979年 京都大学大学院 教育学研究科博士課程 教育心理学専攻修了。教育学博士。現在大阪外語大学教授。「脳とこころ」にかかわる認知脳科学に関心をもち、ワーキングメモリと言語理解における脳の神経基盤の研究を行う。

◆こちらでも ワーキングメモリに言及しています → 『わがままな脳』


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