■ 《神々の黄昏》 壮大な幕切れか? (2004.4.3)

新国立劇場の、トーキョー・リングの第3夜 《神々の黄昏》 に行ってきた(2004.4.1)。

指揮:準・メルクル、演出:キース・ウォーナー
管弦楽:NHK交響楽団、合唱:新国立劇場合唱団・二期会合唱団

巨大な4部作の終結にふさわしい壮大な幕切れ、との感慨を残念ながら受けなかった。前作の《ジークフリート》ではあれほど面白く感じた、ポップというか絢爛という演出が、ノイズ(雑音)が多すぎる、音楽を阻害している、煩わしいとの印象を強く受けたのである。

冒頭の巨大な映画のリールをイメージしたセットからして、予感はあったのだが、結局、今までの4部作が一編の夢物語であったとの演出である。これは陳腐である。トーキョー・リングは、現代にリアルタイムに生きる《指環》をもくろんだ演出ではなかったのか。

あまりにも踏み込んだ演出では?との感もありました。例えば、アルベリヒとハーゲンの対話、ついにはハーゲンがアルベリッヒを殺してしまうくだり。また、ジークフリートの死では、グンターが槍をハーゲンに手渡す。あたかもハーゲンを誘導して殺害するようなそぶりである。終幕に登場するラインの乙女。どうも妊婦のイメージらしいのだが、ついには新しい生命に引き継ぐということか。

楽劇の冒頭、N響はちょっと緊張感を欠いていたのではないでしょうか。金管の和音がわずかにずれました。さすがに終幕の葬送行進曲はN響ならではの底深い響きが聞こえましたが。ヴァルトラウテの藤村実穂子が、やはり断トツの存在感でした。

【Bキャスト】
ジークフリート ジョン・トレレーヴェン、ブリュンヒルデ スーザン・ブロック
アルベリヒ オスカー・ヒッレブラント、グンター ローマン・トレーケル
ハーゲン ユルキ・コルホーネン、グートルーネ 蔵野 蘭子
ヴァルトラウテ 藤村 実穂子、ヴォークリンデ 平井 香織、ヴェルグンデ 白土理香
フロスヒルデ 大林 智子
第1のノルン 中杉 知子、第2のノルン 小山 由美、第3のノルン 緑川 まり


■ トウキョウ・リング 《ジークフリート》 (2003.04.01)

「トウキョウ・リング」の第2夜 《ジークフリート》 新国立劇場、2003年4月1日(火)、Bキャストを聞いてきた。

【演出】 キース・ウォーナー
【指揮 】準・メルクル 【オーケストラ】 NHK交響楽団
ジークフリート:ジョン・トレレーヴェン
ミーメ:ウーヴェ・アイケッター
さすらい人:ドニー・レイ・アルバート
アルベリヒ:島村武男
ファフナー:佐藤泰弘
エルダ:黒木香保里
ブリュンヒルデ:緑川まり
森の小鳥:菊地美奈

「トウキョウ・リング」は初めての観劇。全体印象としては、演出家が頭に浮かんだアイデアは総てつぎ込んだ、という感じの華麗な舞台。プレトークで三宅幸夫さんが「メルヘン」という表現をしていたが、まさにこれか。しかし、あれこれと「これは何の意味?」とか考えるのも煩わしいこと、もっと素直に天真爛漫な《ジークフリート》を楽しみたかったのも事実。ここまでやっちゃうと、余計な心配だが最後の 《神々の黄昏》 はどうなるのだろうか?

今回感心したのは、オケピットに入ったN響の響き。昨年のベルリン国立歌劇場の日本公演よりも、オケは充実していたなと実感しました。もう少し表現力の充実を望むとの評もあったようですが、何をこれ以上望むのか私にはわかりません。1階席ということもあって、コントラバスの低音を体で感じました。

第1幕は、モダンなリビングでミーメとジークフリートのやり取り。ジークフリートの体型がまさに中年おじさんそのものなので、ちょっとイメージダウン。テレビ・モニターが複数台あるのは、ミーメの心情心理を映し出すという仕掛らしい。電子レンジ、ミキサー、オーブンが活躍する。ノートングは電子レンジでチンされて鍛え上げられる。所詮は、こんなものと言うことらしいが。

アルベリッヒの活躍する第2幕は特に楽しめました。これからの高齢化社会を暗示するのでしょうか、ハンディキャップを持った老人が電動車椅子に乗り、意地悪じいさん然として動き回る。口は達者で、年を取ってますます依怙地になるのか。アルベリッヒの誇張した演技も許せる。

森の小鳥は、ちょとユーモラスな雰囲気ですが。2階の屋根に飛び乗ったり、ピアノ線が頼りの空中宙づりになったり。大活躍で頑張りました。最後はぬいぐるみを脱いで一瞬のヌードまでサービス。ジークフリートは声をセーブしたのでしょうか、ちょっと線が細く感じました。

第3幕は病室らしいのですが、ベッドの上での二重唱。確かに《トリスタン》《マイスタージンガー》を作曲して戻ってきただけに、すごい音楽です。緑川マリは、声は金属的で好みなのですが、ちょっとブリュンヒルデとしては個人的にはマイナスです。


■ ベルリン国立歌劇場 2002年日本公演 《ニーベルングの指環》 (2002.01.26)

《ニーベルングの指環》全4部作 第1サイクルを聞いた。神奈川県民ホール、1/16(水) 序夜《ラインの黄金》、1/17(木) 第1夜《ワルキューレ》、1/19(土) 第2夜《ジークフリート》、1/23(水) 第3幕《神々の黄昏》。

指環がラインの川底に戻る最後の幕切れ。少年と少女がトネリコの若木を新たに土に植える様子。新しい世代への期待か。全曲を聞き通したとの満足感、ずっしりとした重量感。得難い音楽的体験であった。

これでもかとアイデア満載の舞台装置と演出。鮮やかな衣装と照明。しかし全体を貫く思想をはっきりとつかむことはできなかった。これは鑑賞者の力不足です。クブファーの演出は、時にその意味は何なのだろう?と考えさせる点でマイナスでしょうか。そして、バレンボイムの牽引力、雄弁なオーケストラ、圧倒的なポランスキー、よくやったジークフリート、待ってましたマイヤー、いまいちハーゲン、……。

クプファーの演出は、すでにNHK・BSやLDで経験済みであるが、今回はさらに多義的――舞台に多くのシンボライズしたもろもろ持ち込むようになった。例えば《ラインの黄金》の冒頭、もとは非常にシンプルな演出である。舞台の奥から広角に放射される緑の光線だけというもの。今回はグロテスクな恐竜風な黒い巨木が舞台中央に居座っている。川底に眠る、かつての抗争の残骸ということだろうか。

《ニーベルングの指環》はいかに読み解くにしても、抗争する二つの勢力の構図になるのではないだろうか。富めるものと貧しいもの、興隆してくる若々しい集団とすでに成熟し衰えるばかりの集団、南と北、等々。昨年2001年9月11日に経験した、まざまざとテレビ画面でリアルタイムに展開された、同時多発テロ――文明の衝突とも、民族・宗教の衝突とも。

今回、クプファーはこれらの現実を読み込んで、何らかのメッセージを新たに送ってくるのだろうかと期待したのだが。最終幕の子供の登場は今までと変わらない。何のメッセージも無いなと感じたのであった。皆さんの印象はどうでしょうか?

◆《ラインの黄金》
冒頭のライン川のシーンはもう少し爽快感が欲しい。グロテスクな巨木が恐竜風にも見えるが?
まったくの初日ということだろうか、多くの歌手で声が出ていないと感じた。オーケストラも切れ味が欲しい。ウォータンをはじめとする神々が、むやみと舞台を右往左往するのは感心しない。

◆《ワルキューレ》
今夜はオーケストラもばっちり聞こえる。第1幕 マイヤーのジークリンデが素晴らしい。声も通り劇的描写もぴったり。第2幕 ポランスキー登場、大柄である。第3幕 ワルキューレの8人、動きにしてもまだアンサンブルが練れていない。
幕切れの「ウォータンの告別」。この場面はCDにしてもLDにしても思わず涙が出てきてしまうのだが、今回の舞台ではそうはいかない。ポランスキーがあまりに逞しいこと、衣装がジーンズの戦闘服でヤンキー風突っ張り娘の雰囲気。舞台の背面いっぱいの赤いネオンの点滅も胸に響いてはこない。

◆《ジークフリート》
この楽劇、聞くたびに全体のつぎはぎ感がぬぐえない。それに、いちいちウォータンが過去のいきさつ等々を繰り返すのもくどい感じ。
第1幕 まったくメカメカしい装置、工場に大きなプロペラがある。ノートングによって壊されるのがこの送風機。ミーメは階段を上り下りして忙しい。ジークフリートが登場。体型がもっとスマートだと良いのだが、リリック風なところに魅力がある。ミーメ、アルベリッヒ共に演技は抜群。第2幕 廃木がごろごろする森のシーン。ファーフナーが動くと奥の方でロボット風のメカがごそごそ動く?森の小鳥は、天羽明恵。第3幕は完全にトリスタン。2人の絶唱が延々と続く。

◆《神々の黄昏》
第2幕に魅了された。ワーグナーとしても 最高のひと幕ではないだろうか。ドラマ性にしても 音楽的にも 緊密度にしても。アルベリッヒの夜から始まって、爽快な男声合唱へそしてブリュンヒルデの糾弾、結婚式の幕切れ。パラボナアンテナが突っ立つセットにも納得。ハーゲンはCIA長官とも言うべき役柄か、オブジェとしてとしても新鮮。空中に浮かぶ不安定さは、ハーゲンの独りよがりを象徴しているようでもある。群衆シーンともうまくマッチ。第3幕 オケはものすごい緊張感で始まる。ライン川のシーンは核シェルターのイメージか。葬送行進曲はここぞとばかりの熱演、悲壮感たっぷり。ポランスキーは圧倒的であった。



◆指揮 ダニエル・バレンボイム、演出 ハリー・クプファー、美術 ハンス・シャヴァーノフ、衣装 ラインハルト・ハインリッヒ、照明 フランツ・ペーター・ダーヴィッド

ジークフリート クリスティアン・フランツ、グンター/ドンナー アンドレアス・シュミット
アルベリヒ ギュンター・フォン・カンネン、ミーメ ペーター・メンツェル/グレアム・クラーク
ハーゲン ドゥッチョ・ダル・モンテ、ブリュンヒルデ デボラ・ボラスキ、グートルーネ カローラ・ヘーン、ヴォータン ファルク・シュトルックマン、ローゲ グレアム・クラーク
ジークムント/フロー ロバート・ギャンビル、ジークリンデ ワルトラウト・マイヤー

演奏 ベルリン・シュターツカペレ/合唱 ベルリン国立歌劇場合唱団



◆関連リンク

クプファーへのインタビュー (日経新聞2002.1.27)

クプファーの指環

バレンボイムのこと

サヴァリッシュの指輪


戻る